カゼキリ風来帖 ~ 水霊の儀の章 その3

オリジナル小説です。
興味のある方のみどうぞ。






さて、2分ほど歩を進めたところで、正面に小さな社が見えてきた。
特に気の利いた装飾も何もない、鳥小屋のような社である。
「さ、着いたよ……じゃなかった。あぁ、水霊さま。蒼水れい、蒼水れいでございます」
ぺこりと余所余所しく蒼水れいが頭を下げる。風切あやかはそれを見てはっとした。
どうやら本当にあの小さな鳥小屋が水霊さまの八代であるらしい……
それを察すると、風切あやかも小さくではあるが頭を下げた。
次いで川岸みなもも頭を下げた。

するとである。

「きたか。今回の話はその女、川岸みなものこと」
何処からともなく声が響いた。洞窟の反響により高くとも低いとも言えぬ不気味な声だ。
風切あやかは、そのままの立ち位置で、右へ左へと目配せをしてみたが、
どうにも声の主を見つけることはできなかった。
ただ、何者かの気配だけが声と共に四方八方から発せられているのだ。

不気味な声は続く……。

「川岸みなもを水の精とする準備がある。受けるか否かはおまえ次第。受けなければ浪霊となる。人間でも山の者でもない。浪霊となれば、いずれ精神は消え、山を汚す亡霊と化す」

その声はまるで滝のようだった。いくつもの轟音が反響して力のある声となっている。
だから、この声に名指しされている川岸みなもは堪ったものではなく、
(……どきり)
と、心臓を掴まれているような威圧感を感じていた。
「あわわ、えらいこっちゃ!」
「わっ、わたしはどうしたら良いのでしょうか?」
蒼水れいと川岸みなもは慌てふためいている。風切あやかはというと、
(私にとってはどうでも良いな。まぁ、浪霊となったら全力で消し去ってやるかな)
などと平静に考えていた。

さて、水霊さまの声はなおも響く……

「準備とは人間を殺すこと。丁度、人間が山へ入ろうとしている。川岸みなも、これをお前が殺せ」
「わ、わたしが人間を……?」
元は人間であった川岸みなもだが今はもう人間ではないし、人間だったときの記憶もない。従って、人間へかける情けは持ち合わせていないといえる。
だから別に、「人間を殺せ」と言われてもそれは、
「蟻や羽虫を何気なく潰すこと」
と変わらないのである。
そうでありながら、川岸みなもはそれを飲み込めずにいた。
(わ、わたしが人間を……)
何やら黒いもやが胸の中に広がっている。何とも嫌な心地が全身へ麻痺毒のように回っている。
川岸みなもは動けずに居た。
隣に居る蒼水れいなどはこうだ。
(あ、なんだ。そんなことか。案外ちょろいものだね)
ほう、と胸を撫で下ろし生きた心地を味わっている。
そして風切あやかはというと、
(ふん。人間を殺すのは私の仕事だというのに……)
という不満顔である。しかし、そんな顔もすぐに変わった。
あの声が響いたのである。

「申し訳ない。護山家。本来はあなたの役目であった。だが、我慢して欲しい。我が同胞となる川岸みなもの為」

先程までと変わらぬ調子の声であったが、言葉を向けられた風切あやかにとっては感じるものが全く違う。それは、
「刀を喉笛に突きつけられているような……」
感じであったのだ。
狼の赤く鋭い眼差しに射抜かれるような感覚がある。ぞくりとした寒気が全身を駆け抜ける。
気付けば、風切あやかは小さく構えをとっていた。そして頷いていたのだ。

「話は終わった。行きなさい」

その声が消えると、全ての気配が消え去った。
あれだけあった威圧感も激しい寒気もまるで、
「何事もなかったように……」
全身から消えていたのである。


「さあ、行こうかね」
蒼水れいが歩き出した。
どうやら一刻も早くこの場から去りたいらしい。
「ああっ、待ってください。れいさま」
次いで川岸みなもが蒼水れいの後を追った。
小走りではあるのだが、その胸はまるで全力で走っているように高鳴っている。
(わたしが……人間を……)
心のどこかでそれを嫌に思っているのかも分からない。
ただ、思うことは一つだけ、
(でも、わたしがわたしである為には……やらなくちゃいけない)
なのであった。

風切あやかは、ただ鳥小屋のような水霊さまの社を見つめていた。
やがて蒼水れいが自分を呼ぶまでの間のことだった。
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by metal-animal | 2010-05-19 18:05 | カゼキリ風来帖 | Comments(0)
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