カゼキリ風来帖 ~ 水霊の儀の章 その5

オリジナル小説です。
今回で『水霊の儀の章』は最後になります。
次回はどうしようか考えてないですが、興味のある人はどうぞ。



さて……

実はこの短刀、川岸みなもの腰元にも下がっている。
これは蒼水れいに頼み込まれた風切あやかが、しぶしぶ貸し出したものだ。
短刀を振るえばたちまちに高矢清子など殺してしまえるものだが、そこは今まで殺しとは縁のない川岸みなもだけに中々それを掴むことができない。


「え、まさか私がわからないの?」
不意に声が変わった。
「…………」
川岸みなもはじっとこれを見る。
「私は清子。高矢清子。分かるでしょ?」
「たかや……きよこ?」
「そう。みんな、みなもちゃん達のことを心配してるから……さぁ、帰ろう」
そう言うと、再び二人の距離は詰まり始めてきた。
(……みんな……?)
ぱっとその時、川岸みなもは不思議な光景をみたように思った。
それは見知らぬ人々に囲まれた自分であっただろうか。その中で自分は満面の笑みを浮かべているのだ。
(あたたかい)
温もりを感じる……感じるが、それが一体何であるのかが分からない。
ただ只管に、
(わたしは……わたしは)
自分はどうするべきなのか。川岸みなもはその答えを出そうと必死にもがいていたのだった。


そのころ……
なかなか高矢清子を殺さない川岸みなもに風切あやかは苛立っていた。
鳥の声のような舌打ちを何度も鳴らし、ついには、
「あいつ、まさか私達を裏切ろうとしているのではないか?」
と、どすのきいた低い声を上げつつ、蒼水れいを見やり、
「もういい。わたしが」
小さく言い放ち、すっと茂みから立ち上がろうとするのを、
「待った!待った!だから待った!」
と、蒼水れいが風切あやかを引き止めた時である。

不意に事態が動いた。

「ほらほら……おぉ?」
にやりと笑みを浮かべながら、蒼水れいが指を示した。それを見て風切あやかは、思わず前進の動きを止めたものだ。
「えっ……」
焼け付くような痛みが全身に走った。身体の至る所が何者かによって切り裂かれ、
赤い鮮血が吹き出している。
高矢清子はそんな自分を見てから、川岸みなもへ目を向けるまで、意識を保つことは出来なかった。
(みっ……みなも……)
瞬く間に視界はぼやけ、意識は赤い空へと吸い込まれていく。
これが川岸みなもを追ってきた人間、高矢清子の最期であった。

日は傾き、辺りが赤く染まり夕闇少しずつ辺りを蝕み始めている。
夕方の明るい橙色の太陽を目に焼き付けながら、
「…………」
川岸みなもは呆然として、目の前に倒れている人間を見つめていた。
先程まであった心のざわめきは、今はもう静まり返っている。
茜色の雲が太陽を隠した。夕闇がどっと深くなる。
しかし、それもつかの間の事であった。
「やったね。みなもよ。これで晴れて私達の仲間だよ。歓迎するよ」
にこにことした屈託のない笑顔である。本気で川岸みなもを仲間として迎え入れることを喜んでいるようだった。川岸みなもも、
「あっ……ありがとうございます」
何だか嬉しくなり今までのことを忘れ、新たな自分を手に入れたことを喜んでいた。



それから3日ほど経ったある日のこと。
風切あやかはいつもの川縁で蒼水れいにある話をした。
「それで、あの人間を殺したアレは一体何だったんだ?」
あの時、水の精の仲間入りを喜んでいる蒼水れいと川岸みなもを尻目に、
風切あやかは人間の死体をじっと眺めていたものだ。
あの人間……高矢清子を殺したあの斬撃は、短刀を握っていた川岸みなもの仕業でなければ、自分の仕業でもない。
それならば、一体何の仕業であったのか……?どうでも良いことでありながら、風切あやかはそれがずっと気になっていた。
「あぁ、あれはね」
特に気兼ねする様子もなく、蒼水れいは小さく笑顔を浮かべながら、
「あれはね、水を汚すものにかかる水霊さまの呪いさ。あの人間、何処かで山の水を汚したんだろう。だから死んだ。水霊さまの力でね」
と、言った。
(ふん……水霊さま……か)
風切あやかはふと思い出した。
あの人間が倒れた時の蒼水れいのあの笑顔、そして、血の気の引いた顔でその様子を見つめていた川岸みなもを……。

「れいさまー。あ、あかやさまも」
そうしている内に使いに出ていた川岸みなもが帰ってきた。
今はもう、その顔は水面に映る太陽のように輝いている。
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by metal-animal | 2010-05-23 11:05 | カゼキリ風来帖 | Comments(0)
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