カゼキリ風来帖 ~ 残されしものの章 その1

オリジナル小説です。
興味のある人だけどうぞ。



春の暖かい空気が漂っている。
精霊鳥が八霊山を飛び立ってから、もう一週間は経っただろうか。
桜はもう見る影もない。満開の時などは、
「あっという間……」
に過ぎ去ってしまった。


さて……


青い空に緑色の葉が見える。
風もそよそよと流れているのだろう。葉が小さく揺れている。
ぼんやりと、そんな光景を風切あやかは眺めていた。
ここは八霊山の麓にある風切あやかの小屋である。
風切あやかが住処としているこの小屋は、部屋が一つと小さな調理場、それに厠があるくらいの本当に小さなもので、外から見るとまるで倉庫にも見える。
事実、そこは昔は倉庫であったのだが、風切あやかが護山家に加わったことにより、
彼女の住処として高山はるかが改造せしめたのだ。
そんな風切あやかの部屋には、今、布団が敷かれており、そこに彼女は横たわっている。

あの精霊鳥の一件で受けた傷が未だ癒えてはいないのだ。
医術を担当する護山家、佐伯ひろ子が言うには、
「歩けなくなることはないが……じっくりとした療養が必要ですね」
とのことだった。


風切あやかにとって、療養生活は退屈で退屈でしょうがない。ことあるごとに、
「あぁ、早く外へ出たい。剣術が……体が……あぁ、鈍ってしまう」
宙を見ながらぼやいていたものだった。
ちろちろと川の水が流れる音が聞こえる。
川の水も、ようやく春の暖かい空気を受けて、温もりを帯び始めていた。


その頃、風切あやかの上司たる高山はるかは山神さまの社を後にしていた。
水霊の儀の章で既に述べた水霊さまの社と違い、山神さまの社というのは堂々として威厳に満ち溢れている。
境内に設置された獅子の石像は筋骨の張った立派な体躯を持ちどっしりと構えている。赤く巨大な鳥居はどんな嵐が吹き荒れようともびくともしない。
鳥居を潜り、高山はるかは落ち葉一つない階段をとんとんと降りていき
「お疲れさまです」
すれ違う人影へと声を掛けた。
相手方は軽く頷き、返事はしなかったものだが高山はるかはそれを気にせずに、階段を下っていく。

彼等は『山神周り』という。
主に山神さまの社の掃除や見回りを行う護山家で、山神さまの社に関する役目を与えられているだけあって剣術や武術の腕がかなりあり、風切あやかなどは、
「あいつらはやっていることの割にやたらと強い……」
と舌を巻いているものだ。


さて……ここで護山家という組織ついて少し触れておくとしよう。

まず護山家は山神さまが創設した組織であり、
「八霊山の秩序と平和を護ること……」
を目的としている。
護山家はそれぞれ『医術役』や『調査役』などの様々な役目で割り振られており、それぞれの役目に準じた仕事が与えられているのだ。
高山はるかはその中でも『特務役』の役長に属しており、特務役を纏め、山で起きる異変や脅威に対応する役目を担っている。
今回、山神さまの社に出向いたのも山神さまからの役目を賜ったからである。
『特務役』のまとめ役……中間管理的な立場にいる高山はるかには、間に入る『伝令役』を通じて、間接的に山神さまからの役目が与えられる。
こうして、個々の役目の護山家に山神さまの指示や役目が与えられ護山家を成しているのである。

……と、話を戻そう。
山神さまの社から帰った高山はるかは同じ『特務役』に属している柿留しょうと落ち合っていた。
「大変なことになっているそうですね」
柿留しょうは主に書類の整理や作成を担当している護山家だ。浪霊退治や侵入者の撃退を主な役目としている『特務役』であるのに、柿留しょうは剣術武術の才は全くと言っていいほどに持ち合わせていない。これについて風切あやかなどは、
「少しは稽古でも習ったらどうだ?」
と言い、いつも半ば呆れながらの声を頂いている次第。
しかしそれでいて気前はしっかりとしており、細かい所に気が利くもので、あの精霊鳥の一件でも、

「今日は未だあやかさんの報告がありませんね……」

そう呟いたことに只ならぬものを感じた高山はるかが『生命の桜』へと急行したことで、今も尚、風切あやかに息があると言えるのだ。
正直、この一言がなければ、風切あやかは生命の木の下で命を落としていたであろう。

「はい。大変ですよ」
高山はるかは何時もの川辺に腰を下ろしつつ、溜息を吐いた。水面には高山はるかの姿がゆらめきながらも映っている。
ここはあの蒼水れいの居る水辺である。風切あやかはこの場所を「あいつの居る場所」と言い、嫌っているが、高山はるかにとっては、
「落ち着けるのでここは好きですよ。何よりおいしい水もあります」
特に気に入っており、蒼水れいを喜ばせているのだ。
今は丁度、蒼水れいは何処かへ出掛けているようでその姿を見ることはできない。


「その浪霊、とっても強いらしいですね。もう何人も腕の立つ護山家がやられているとか……そんな噂があちこちで立っていますよ」
「そうです。その浪霊を見つけて退治せよ、というのが今回の山神さまのお話だったのです、が……」
「……?どうしたんですか」
柿留しょうは眉をひそめた。
一瞬のことだが、高山はるかの表情が曇ったように見えたからだ。

「いえ、なんでもないです。しょう、何時もどおり書類の作成をお願いします。精霊鳥の件、伝えるべきことは手早く報告したのですが、纏まった記録を残さないといけません」
「あ、はい。分かりました」
「宜しくお願いします。私は、これからあやかを見舞いに行きますので何かあったら今のうちにお願いします」
「あ、あやかさんのお見舞いですか……?」
「はい。そうですけど、一緒に行きますか?」
「い、いや、いいです。書類を作成しなければいけないでしょう?」
「……そうでしたね。では、私は行きます。それでは」
そう言うと高山はるかはさっさと言ってしまった。
「ふぅ……」
柿留しょうは苦笑を浮かべながらこれを見送った。


太陽は丁度天辺に上ったところだろうか。
春の日差しがさんさんと降り注ぎ、思わず、柿留しょうは目を細めた。そして、
「あやかさん、大丈夫かなぁ。悪い人じゃないんだけど怖いんだよなぁ」
一人そうつぶやいたものである。
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by metal-animal | 2010-08-07 22:09 | カゼキリ風来帖 | Comments(0)
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