カゼキリ風来帖 ~ 残されしものの章 その5

オリジナル小説です。
興味のある方はどうぞ。







雨粒が、草を、地を叩く音だけが、神風高原に響いていた。
(これ以上、雨に濡れては……)
焦ってはいないが、ただ衣が濡れれば動きに支障が生じることを高山はるかは案じた。
なればこそ、今をもって高山かなたへ、
(打ち込もう)
そう思い切って覚悟をした時のことだった。

「はるかさまー、大丈夫ですかー!」

突如として緊張感のない高い声が、辺りへこだましたのである。
これには、流石の高山はるかも驚いて、気がそちらへ向いてしまった。
「…………むうっ」
ちらりとそれを見ると、見慣れた、何処か頼りない姿の人影が一つ……
少し大きめの着物を纏い、腰元に巻いた帯が正面でリボンとなり余った帯がひらひらと足の動きと共に揺れている。

柿留しょうであった。書類整理の柿留しょうである。
思わず、ちっ……と舌を打った高山はるかは、すぐに意識を高山かなたへと戻したが、
すでにそれは遅かった。
「あっ……」
黒い影は身をひるがえし、走り去っていたのだ。
高山はるかにとっては、
「こちらに向かってくる」
とばかり思っていただけに、これにはとても驚いたと共に、その場で追うことは叶わなかったのだ。
なんせ、意識を向けた時にはすでに走り去っていた高山かなただった。
恐らく高山かなたは書類整理の柿留しょうを増援と見なし、勝負を諦めたのだろう……と高山はるかは思った。ともかく、高山かなたには逃げられてしまったのだ。

ざっざ、と草をかき分け、柿留しょうが駆け寄ってきた。その手には番傘が握られている。
そして高山はるかの前に立ち、ふぅふぅと息を吐くと、
「ほら、今日は雨が振るって言うので、傘を持ってきましたよ。ちょっと一足遅くて、もうぽつぽつと降ってきちゃってますけど……って、あれ?」
柿留しょうは目を丸くした。というのも、高山はるかの手に小太刀が握られているのに気付いたのだ。
雨に濡れた小太刀が空の灰色と同じ様に鈍く輝いている。
柿留しょうは罰の悪そうに顔を白くして、
「も、もしかして……何かあったのですか……?」
恐る恐る尋ねてきた。
これに対し、高山はるかは柿留しょうに気付かれないよう、
「ふぅ……」
小さく鼻で溜息を吐き、
「……はい。傘、ありがとうございます」
こともなげに手を伸ばし、傘を受け取った。その手は先程まで小太刀が握られている手だった。だが、その小太刀はいつの間にやら、腰元の鞘へと納められている。

「あれ……はるかさま……?」
目を白黒させている柿留しょうであったが、高山はるかが、優しく微笑みながら傘を受け取ってくれたので、
「あっ、はい!お役に立てて何よりです」
と、これ以上のことは口にはしなかった。


降りしきる雨がいよいよ強くなってきた。空を覆う雲の灰色も濃さを増して、辺りは夕暮れのように薄暗くなり始めている。
ぼつぼつと雨が傘を叩く音も騒々しく聞こえている。
その様子を見て高山はるかは、柿留しょうへ向かい合い、
「今日はもう引き上げます。一緒に帰りましょう。……そうです、どこかで夕飯でも食べていきます。何か食べたいものはありますか?」
「えーと、あ!『せいりゅう』のお蕎麦が食べたいです。あそこにちょっと前に入った人が良い人なんですよ。その人が握ったおにぎりがとってもおいしくてですね……名前は……あぁ、川岸みなもさんって言うんですよ。話やすいし、本当に良い人でして」

二人は傘を差し、歩き出した。
高山はるかは、にこにこと笑いながら語りかけてくる柿留しょうへ、うんうんと頷きながら歩いた。雨は強く降っているが、柿留しょうの楽しそうな声はそれを撥ね退けるほどに、明るくはきはきとしているのだ。
(しょうはいつも楽しそうですね……それにしても……)
屈託のない柿留しょうの笑顔を見る一方で、高山はるかは考えていた。


(あの構えと力強さ……あれらはまさしくあの人のものだった。……しかし、あれがあの人である確証は何もない。けれども、私はあれをあの人だと思っている……これは一体どういうことなのだろうか)
このことであった。
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by metal-animal | 2010-09-11 12:40 | カゼキリ風来帖 | Comments(0)
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