挑戦のにとり! 第2話 陸の上のにとり 後編

にとりが超科学であれこれするお話の第2話の後編になります。後編とあるように前後編で分けてあります。なので、後編から読み始めると話が分からないと思います。その場合は、先に前編の方を見て頂けると幸いです。どうぞ、宜しくお願いします。



 あれから数日が経った。
 椛は白狼天狗の仕事が忙しい。特に、近く開催される山の夏祭りの準備に駆り立てられている。日があるうちから沈んだ後まで……椛は大天狗様の社へ上がったり、祭場での木材運びを
 「ふうふう」
 繰り返していた。

 「本当に暑くて忙しいな」
 最近は、にとりと会っていない犬走椛であった。
 件の『河月王城』、あれは使用者の周囲に水分を集めるといったもので、その機能を使い、にとりは毎日どこかへ出掛けるようになったという。
 「今頃、何をしているのだろうかな」
 青い空を見て、椛は思った。水の流れる音が遠くから聞こえた。
 その同じ、透き通るような空の下。にとりは命蓮寺にいた。
 この命蓮寺でも妖怪の山に負けないくらい、あちらこちらでセミがけたたましく鳴いている。
 「こんにちは」
 と門を潜り真っ先に向かったのは、
 「ムーラサちゃん」
 船長こと村紗水蜜のところであった。
 「今日も来たのですか」
 村紗はこれに笑って応えた。
 実のところ、にとりが犬走椛と共に命蓮寺へ訪れた日から、頻繁に村紗の元へ訪れていたのだった。その目的はというと……
 「是非とも船の話を聞かせて下さい!」
 とのことだった。
 最初の時は余りのことに状況が掴めずにいた村紗であったが、
 「私達が栽培したきゅうりを……」
 と言い、青々とした立派なきゅうりを両手で前に出し、丁寧に頭を下げてお願いしてきたものだから、
 「分かりました。では中へどうぞ」
 村紗の方も丁寧に返事をし、きゅうりを受け取った後で星蓮船の中を案内した。

 
 にとりは村紗がする船の話や星蓮船の船内の構造……それらをノートにくまなくメモし、不思議に思った部分は積極的に村紗に質問した。
 (妖怪の山の河童というのは、真面目なものねえ)
 これには村紗も舌を巻いていた。
 地底で仲の良かった妖怪にはとても見られない光景であった。特に村紗と仲の良かった妖怪で封獣ぬえがいる。封獣ぬえなどは毎日を楽しく暮らすことを考え、とても気楽に構えていたものだった。
 命蓮寺の妖怪達は取り分け真面目である。真面目なのだが、この河童のにとりのように、自分の話や船の話をまともに聞いてくれる者は少ない。
 「船?それはキミの領分だろう。私の知るところではないな」
 妖怪ネズミのナズーリンは言う。
 「へえ、船の話ですかあ。私は良く知りませんねえ」
 寅丸星はそれとなく話を聞くだけ。
 「船を動かすなら雲山にやらせるといいわ!」
 一輪に至っては訳の分からないことを言い出す始末である。
 もっとも、誰もが船の話に興味がないのは、
 (この幻想郷に海がないから……でしょうねえ)
 と村紗は思っている。
 なので、にとりのような船に興味を持ち、自分の話を水を飲むように聞いてくれるのが村紗にとってはこの上なく嬉しいのだ。
 それでいて、毎回、見事なきゅうりを持ってきては丁寧に挨拶をしてくれるものだから、尚のこと、村紗はにとりに対して好意を抱いていたのだった。
 

 「にとりの為なら星蓮船を今一度、動かしてやりたいですね」
 村紗はそう思っている。
 もしも、それをにとりへ話したなら、きっと彼女は踊るほどに喜ぶであろう。
 目を閉じればその様子がありありと浮かぶほどに、にとりの船への興味は目に見えて強かったのだ。だがしかし……
 (聖が復活して以来、星蓮船は命蓮寺となって、この地に居付いてしまったのよね……)
 このことであった。
 もはや星蓮船は大地に根付いたと言っていい。もう一度動かすとなると、立地や周囲の環境やその整備にとても面倒がかかる。
 (まぁ、出来ないものは出来ないのだから、しょうがないですね)
 その代わりとして、村紗が話せることは、何でも教えるように心掛けていた。
 そんなある日のことだった。
 もう夏も終わりに近づいている日和で、太陽の日差しも僅かながらに衰えてきた頃である。
 「ムラサよ、ムラサよ」
 「あ、久しぶりですね。にとりさん。最後に来たのは10日ほど前でしたか」
 村紗は手を振ってにとりを迎えた。
 10日ほど前から、ぱたりとにとりは来なくなっていたのだ。それまでは2日や3日に1度はやってきていたものだったから、
 「何か病気や夏バテを起こして、倒れてしまったのでしょうか」
 と村紗はそれとなく寅丸星に話していたこともあった。
 
 さて……
 
 「ふふ、今日はね、ムラサに見てもらいたいものがあるんだよ」
 「見てもらいたいもの……ですか?」
 二人はすっかり仲良しになっていた。にとりは無邪気に笑って、
 「うん。今日までその準備……と夏祭りの準備があってね、来れなかったんだけど、丁度良い感じに仕上がったから、是非ともムラサに一番に見せようと思ったの」
 と言った。
 「へえ、それは楽しみですね。一体、どんなものなのですか?」
 「はは、寺の前に置いてあるよ。今日はそれに乗って来たんだ」
 「置いてある?それに乗って、ですか?」
 「うん。とにかくこっちへ来てみてよ」
 二人は門の外へ駆けて行った。
 門の前では、相も変わらず、箒を持った幽谷響子がおり、物珍しそうに何かを見ている。
 その響子が、
 「これは……」
 といった。
 その声を上げたのはまずは村紗であった。つまり響子は、その声を反響したという形になっている。
 「船……ですか」
 村紗は目を丸くしてそれを見ていた。
 それはまさしく船である。もっとも星蓮船のように大きなものではなく、ボートと言った方が正しいほどに小さい。しかし、それでいて前の座席には円形の舵が着いており、船の中央にはプロペラの付いた柱が立っている。
 「ああ、村紗の話を参考にしてね、作ったんだよ。空を飛ばすのにちょっと色々と手が必要だったけど、本を見たら良い技術があってね。それを使ったんだ」
 にとりは柱の先端に付いているプロペラを指差した。
 村紗にとって、それが何かは分からなかった。分からなかったが、
 「船……」
 である。
 それにとても感動してしまって、
 「…………!!」
 声も出なかった。
 そんな村紗に対してにとりは、
 「ほらほら、操縦席に乗りなよ!村紗の話を元に作ったから、ほぼその通りに動くからさ!!」
 「えっ……あっ、そうなのですか」
 これには村紗も驚きは隠せなかった。
 まさか自分が語った船の話が、こうも形となって自分の元へ帰ってこようとは夢にも思っては居なかったのだ。
 背中を押されながら、村紗は操縦席へ就いた。そして操縦桿を握ってみると、不思議な……いや、そこまで参考にしたのか、
 (まるで……)
 星蓮船と同じような感触を得たのだった。
 (ようし、これなら!!)
 と、あの星蓮船を動かすような気持ちで、操縦桿をぐるりと回した。
 周囲ではセミや木々がざわざわと音を立てているものだが、この瞬間ばかりは、村紗には何も聞こえなかった。
 船が力を持ち動き始める。
 村紗の心が通じたように船は地面を滑り、やがて、ぶわっと青い青い空へと飛び出していった。
 「ああっ、いってらっしゃいませ!」
 響子が大きな声を出して二人を、船を見送った。


 
 船が空を滑り、びゅうびゅうと風を切って行く。
 涼しく、気持ちの良い……久しぶりの感覚だった。
 (あの時は船内に居たから、こんな風は感じていなかったなぁ)
 もっぱら甲板に出ていたのは一輪と雲山であった。
 もっとも『あの時』は自動操縦の星蓮船である。村紗自身は必ずしも船内に居ることはなく、何度か甲板へ上がり、風を感じたり、周囲を眺めては飛倉の破片を探すのを手伝っていた。けれども、
 (あの時は、久しぶりに動く星蓮船の整備に精一杯だった……)
 という事情があり、一度外へ上がった後はずっと船内で星蓮船がちゃんと動くように勤めていたのだった。
 それが功を奏した形となったか、飛倉の破片を抱えた侵入者を……いや、飛倉の破片を見つけ、聖白蓮の封印を解くに至ったのだ。
 そのことは村紗にとってはとても嬉しかった。嬉しかったのだがその一方で、
 「船が空を走るのをもっと感じていたかった……」
 いつまでも青い空を、その上に広がる雲の海を忘れることはできなかったのだ。
 それが今日、再び空を飛んでいるのだ。村紗の胸は高鳴っている。
 「にとりさん!これは……とても素晴らしいです」
 何度も何度も口に出した。
 それを見てにとりも満足そうに笑い、
 「ふふ、でもお楽しみ……本番はこれからなんだよね」
 ずいっと後部席から身を乗り出し、操縦席にあるボタンを、
 「それっ!」
 ぽちっと人差し指で押した。
 「そのボタンは一体何なのでしょうか?」
 「まあ、見ていなって」
 そうにとりが言い終えた時である。
 おや……
 急に船の進みが遅くなった。それだけではなく、
 「これは……」
 船は何かを押し遮りながら前へ前へと進むような感覚を持ち始めたのだった。
 そのことに村紗が気が付いた時には、既に『あのこと』を思い出している。それは……
 「水を切る……船旅」
 このことであった。
 それで村紗は前を見た。更に驚くべき光景がそこにはあった。
 「えっ、空の上に水が!?」
 なんと、船の周辺に水面が出来ている。その上を船は水を割り、進んでいるのだ。
 「これはね。私が陸の上で長時間活動するために開発した、河月王城の力だよ。――もともと私の周辺に水分を発生させて陸上でも活動できるようにって開発したのを、船の周囲に集めるようにしてさ……話に聞いたような、水の上を走る船にしてみたのよ」
 「そ、そうなのですか……まるで夢のような……話です」
 にとりの言うことは断片的にも村紗には分かる。実際に、空には水分の結晶たる白い雲が浮かび、時には雨を降らせている。海上においても、水分を含んだ空気が、そよそよと流れているものだった。
 まさに雲海を進むというべきだろうか。実際にそれをこうして体験するのは、本当に幻想<夢>のようなことであった。
 しかし、それを現実に感じている村紗なのだ。
 久しく忘れ去っていた夢を、今、存分に味わっている。
 「ああ、本当に気持ちが良いです。まるで……生き返ったような……」
 そう言ったときのことであった。
 「おおっ!!」
 急に船が左右にぐらぐらと揺れだしたのだ。そして揺れたと思ったら、今度は船全体に掛かっていた力が、
 「すうっと……」
 抜けていった。
 「なっ……なっ!」
 船に乗っているにとりも村紗も十分にそれを感じ取ることが出来た。それほどにはっきりとした事象であった。そして間もなくして、
 「ちょっ……にとりさん、これは」
 「ああ、エネルギーが切れちゃったみたい」
 そのまま垂直に落ち始めたのだ。これを墜落というのかもしれない。
 「やあああっ」「うおおおっ」
 村紗は舵に掴まり、何とか船の上にいる。にとりも席の取っ手に掴まり必死の状況だった。
 「でもまぁ」
 こんな時にも拘わらず、にとりはそう呟き、
 「こうなるんじゃないかって思ってはいたんだよねえ」
 言い終えると肌身離さず背負っていたリュックからアームが伸びてきた。そして村紗のすぐ傍を通り過ぎると、
 「ぽちっとな」
 先ほどの船の周囲に水分を発生させたボタンの隣にある青いボタンを押した。するとどうであろうか……
 「……あれ」
 急に落下がゆるやかになった。やがてゆっくりと船は地上へ着陸した。
 青々とした木々が避けるように開いた平野である。
 「にとりさん、これは……?」
 舵に掴まったまま、村紗はにとりに尋ねた。
 「あのボタンは呼び電源みたいなものだよ」
 苦笑を浮かべてにとりが言った。にとりの話によれば、流石に船を空へ飛ばし、河月王城をあの出力で使うのは、
 「実はちょっと無理があったんだ……」
 ということだった。
 それでも村紗の話したとおりの船を作り、空を飛ばしたり、水の上を走らせたかった。なので、出来る限りエネルギーを節約できるように設計しておいたのだが、やはりエネルギー不足は避けられなかった。
 一応、製作段階で、その問題は分かっていたものだから、墜落した時用に、
 「通常エネルギーとは別の予備エネルギーを用意しておいたという訳だよ」
 とにとりは困っているような笑顔を見せた。
 一歩間違えれば大怪我をしていた所だった村紗だったのだが、
 (でも、にとりさんは私のことを思って、船を作って……乗せてくれた)
 このこともあり、むしろ、にとりに感謝をしていたのだった。
 にとりの方も、
 「本当はやばそうな所で止めようと思っていたんだけど、ムラサの楽しそうにしているのを見ていたら、とても止められなかったんだ……」
 「にとりさん……」
 村紗は頷くと、
 「そこまで私のことを想って頂いてありがとうございます。私、本当に嬉しかった」
 「ムラサ……」
 「私は船長として、星蓮船を動かしていましたが、あの一件以来、船を動かすことはもうない……と思っていたんです。船長なのに水の上ではなく陸の上……」
 「それを私等の言葉で、陸の上の河童というのがあるよ。陸の上では河童は自分の力が出せないって言うね……でも、そういうのはやりようなんだよ」
 にとりは背負っていたリュックを下ろした。遠くに見える木々と同じ緑色のリュックである。それと一緒に見える空の色は既に橙色に染まってきていた。
 にとりはリュックを開き、その中から何やら四角い物体を取り出した。まるで漬物石のようにも見える長方形の物体である。
 「それは……?」
 「これは船を動かすのに使っているバッテリーの替えさ。元々入れてあるのに比べてエネルギーは少なめだけど、河月王城を使わなければ、十分に乗って帰れるよ」
 にとりはニコリと笑い、替えのバッテリーを船にセットした。
 船はまた気が入ったように力を持ち始めた。それを満足そうににとりは眺めて、
 「これでまた動く。河童は陸上じゃ長時間活動できないなんてことはないんだ。このように、私達の信じる科学は……」
 
 
 幻想郷にも、色々と信じられているものがある。
 博麗の神社、洩矢の神社、聖白蓮の命蓮寺、空に浮かぶ月、それに太陽でさえもそうだ。
 それぞれが強い力を持っており、並の妖怪……特に河童だけではとてもどの信仰にも勢力にも太刀打ちできないものである。
 しかし、河童達の信じる科学、それを用いれば、
 「不可能を可能に出来る……科学の力はどの信仰や勢力にも負けない力や無限の可能性を持っているんだ」
 このことであった。
 夕焼けで赤く染まっている空の中を、どこまでも、1隻の船が進んでいった。
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by metal-animal | 2011-09-09 16:52 | 東方短編小説 | Comments(0)
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